〜適応障害を克服するために〜たまごどうふの体調記録日記

たまご豆腐の体調記録日記〜適応障害を克服するために〜

適応障害で休職中の新入社員が綴るブログ

たまご豆腐の体調記録日記〜適応障害を克服するために〜

多分私はブログに向いていない。

こんにちは。適応障害で療養中のたまご豆腐です。

この記事は私のブログに対する思いを率直に書いています。

不快な気持ちになる可能性があります。

また、恋愛のことも書いているので苦手な方はご注意ください。*1

 

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ブログを書くことへの怖さ

ブログを書いといてアレですが、私はたぶんブログを書くのに向いていないです。

ブログを読むのは好きです。

元気いっぱいの記事を読むのも、少し毒のある記事を読むのも好き。

ただ、書くとなると別。

 

文章が下手だから。

何かを発信するほど知識があるわけじゃないから。

調べたりするのもそこまで好きじゃないから。

書くよりも、読む方が楽しいから。

理由はいっぱいあるけど、表現するとなるとどこかで必ず誰かの目を気にしてしまうからってのが大きい。

 

私の言葉ひとつで誰かが傷つかないか、誰かに嫌われないか、いつも考えてる。

アクセス数が増えるのは嬉しい反面、怖い気持ちもある。

誹謗中傷がきたら、きっと耐えられない。

 

質問箱も怖い

ツイッター質問箱というのが流行っている。

匿名で質問を募集して、それをTwitter上で答えるというもの。

私には絶対にできないと思った。

まず、質問が来ないことが怖い。だって誰も自分に興味がないってことだから。恥ずかしくてなってしまうかもしれない。誰もそんなこと気にしないのに。

それに少しでも否定的な言葉があったらもうたぶん無理。

このブログにコメントをくださったり、ツイッターでリプライをくれる人は、適応障害に理解があって優しい方ばかりだからやっていけています。

交流できるのはすごく楽しいし、色んなことを教えてもらえて為になる。

正直、こんなブログを誰かが読んでくださっているというその事実に承認欲求が満たされている部分もある。

だから質問箱も、できたらきっと楽しいんだろう。

でも、私にとっては匿名でくるコメントの怖さの方が大きい。

(だってTwitterはブログ以上に彼氏のことばっかり書いてるんだもん。絶対惚気うざいって思われてる。それに病気に対する差別的な質問がきたひともいるんだって。怖すぎ。)

 

ブログは承認欲求のツール?

ブログをやっていてアクセス数が増えて嬉しい人は、少なからず承認欲求を満たしたい人だと思う。

私もきっとそうだった。

もともとは体調管理のためにブログを始めたつもりだった。

最初は読者も彼氏しかいなかった。

でも本当に彼氏だけに見せたかったら、限定公開やメールでもよかったわけで。

わざわざ公開設定にして、デザインもいじった。最近は明らかに読者の方を意識した内容になっている。

だんだん読者数も増えて、スターやコメントもいただけるようになってきて嬉しくなって、余計にその傾向は強くなった。

ブログは私にとってちょっとした交流の場になった。

それがいけなかったのかもしれない。

 

◯◯さんが誰かご本人には分かっちゃうかもしれない。ごめんなさい。 

「いつもコメントしてくれる◯◯さんに会ってみたいな」って彼にポロっと言ったときのこと。

「◯◯さんはインターネットと日常は別って割り切ってる人かもしれないし、あんまり会いたいとか言うと嫌な思いさせちゃうんじゃない。ブログだけの関係だから楽しいんじゃないかな。」って言われてしまった。

ああ、そうかもしれないって内心分かってたけど、でも、悲しかった。

優しいからつい勘違いしちゃうけど、みんながみんな本音ばかりなわけじゃないよね。(◯◯さんが嘘を言っているっていう意味じゃないよ)

私もブログやTwitterで嘘をついたりはしないけど、自分が見せたくないことは、あえて見せてはいない。誰だってマイナスな感情を隠すことがあると思う。面と向かってたら「あ。ちょっと怒ってるな」って分かることも、インターネットじゃ全然分からなくできるからね。

都合の悪いことは隠せる、それがインターネットの良さでもあるんだけれど。

 

ランキング意識してた 

少し前にブログランキング適応障害カテゴリで一位になったことが嬉しくて順位を彼に頻繁に伝えていたら、「そういうの気にしすぎるのちょっと危険だよ」って言われたことがあった。

気づいたら、ブログが完全に承認欲求を満たすツールになっていた。

こんな自分、嫌だなって思った。

 

彼氏依存からブログ依存へ?

みんなに好かれるなんて絶対に無理。そんなこと分かってる。

だから彼一人から絶対の愛情をもらえれば全然平気だと思ってた。

依存してるのかもしれないけど、彼に愛されてさえいればよかった。

でもブログやTwitterを始めて、依存先が彼だけじゃなくなってきたんだと思う。

(山登りとかサイクリングとか外向きのものが依存先になればよかったんだけどなぁ。)

インターネットはやっぱり少し心もとなくて怖い。誰かに嫌われることや、誰かを傷つけてしまうことが絶対にあるから。

そんなの日常生活でも同じなんだけど、誰かを傷つけた時に、謝って関係修復するのはインターネットの方が難しいような気がする。彼とは違って、私のことをみんなが許してくれるとは限らない。

 

結局負担は彼へ 

体調記録日記は、読者を意識した「ブログ」になった。

愚痴を吐き出したいTwitterでは、フォロワーを意識して良い子ちゃんになった。

その結果、しわ寄せはどこにいった?結局彼だ。辛い時に泣けるのは彼の前でだけ。

人目を気にするストレスで、彼にトゲのある言葉を言っちゃったら意味がないと思った。

 

彼からの言葉

記事を公開する前に、彼にだいたいの内容を伝えたら長文のメッセージがきた。

 

ブログの目的がブレちゃったのは前々から気になってたけど、俺はそれも社会復帰のための練習かなと思ってるよ。たしかに読者を意識して書くブログは誹謗中傷のリスクを踏まえなきゃいけないけど、それって今後たまご豆腐が社会で働く上では常に意識しなきゃいけないことと通じる部分があると思うから。

だから今のブログの目的は、社会復帰に向けたトレーニングなのかなと思う。トレーニングの負荷のかけ具合は人それぞれだから、あんまり周りを意識しすぎず、無理なく自分のペースで続けて行くのが大切だよ。
ブログの目的が変わっちゃったことを自分の中で意識できれば、今のネガティブな気持ちは少し変わるんじゃないかな。


それに、同じ悩みをもつ人と例えネット上でも交流できることは良い刺激になってると思う。

 

ああ、そうだなと思った。

みんなに嫌われたくない気持ちが強すぎて適応障害になってしまったのに、それをまた恐れるのは同じことの繰り返しだということに気付いた。

少しずつその恐怖にも慣れていかないと。

いつでも逃げられてやめられるブログは、リハビリとして確かにすごく良いかもしれないと思った。

それに、どこかにいるかもしれない自分のことを嫌いな人を意識しすぎて、今交流できている優しい人たちを忘れてたことに反省した。

 

今後ブログを続けていけば批判的な意見をもらうことはあると思うよ。
少なくとも適応障害に理解のない人や適応障害でもパートナーがいない人は共感できないことも多いと思う。
でも批判を受けたとしても、きっと共感してくれる人はいるし、俺も絶対助けるよ。
だから大丈夫、嫌なことがあっても大切な人はどこかに行ったりしないよ

今のブログが自分にとって負荷がかかってるなら更新頻度下げます宣言をブログですれば良いし、今交流している人のブログを見るだけでも良いと思う。
でも個人的には「適応障害を克服してX年が経ちました」みたいな記事がいつかたまご豆腐のブログで書かれること考えると、細々とでもいいから続けて欲しいな。

 

私が一番恐れていたことも彼は分かってた。

このブログには適応障害のことも書いているけれど、それ以上に彼とのことも書いている。

だから、パートナーがいない人にとっては、面白くない内容も多いんだろうなっていう引け目があった。自意識過剰といえばそれまでだけど。

彼とのことはなるべく書かない方がいいのかなって悩んだこともあったけど、やっぱり私にとっては彼とのことが一番大切なことだからここはなくせない。もちろん、共感できないこともあって仕方ないとは思う。

そう思えたのは「嫌なことがあっても大切な人はどこかに行ったりしないよ」という言葉だった。

自己嫌悪で死にたくなる気持ちばっかりだったけど、少し勇気が湧いてきた。

大切な人が応援してくれるうちは、細々とでも続けていきたいと思った。

 

最後にこう付け加えてあった。

 

たまご豆腐が1番楽しめる形でブログやツイッターと付き合っていけばいいよ。
別にブログとかから出る人目を気にするストレスを俺にぶつけても全く気にしないよ。 

 

普段は頼りないけど、いざというときに的確なアドバイスをくれる。この人と付き合えて良かったなと感じた。

結局のろけになってしまった。 

 

*1:もしかしたらこの記事は後から非公開にするかもしれないです。